※以下、はす(@ren_unlotus)及び五円(@old_tax)を中心とした複数人のTwitter中心の会話を引用・編集したものになります。著作権は私のみに帰属しません。

相棒の話の本編

あらすじ

──『兎に角そういう経緯があって、褒められた物では無いどころか歴とした犯罪行為だが、私はある富豪の邸宅に侵入した。…(中略)…思いがけずその男に出会したのは、扉を開けた先である。』 18XX.XX.XX ケビン・ゴルトンの手記より

 

ある時、教会絡みの事件を受け持ち、調査を進めていたバリスタ(法廷弁護士)の友人が、教会の管轄案件での嫌疑を掛けられ突然投獄された。

ソリシタ(事務弁護士)のケビン・ゴルトンは友人が投獄された報を受け、思わず友人の事務所を訪れるが、何故か裁判資料などが根こそぎ押収されもぬけの殻と化した事務所を前に立ち尽くすこととなった。「まさか、そんなはずは」と裁判や教会の審問会の公式記録を端から端まで閲覧するが、ほんの小さな矛盾から友人の投獄が冤罪であることに確信を持ち始める。教会への疑いを強める日々を送る中、しかし無常にも友人は獄中死を迎えてしまうこととなる。

友人の死後、差出人の無い封書が届いた。封書には教会の暗部の一端を記した証拠の一部らしきものが収められており、差出人は無くとも友人から託されたものであることは明白であった。

かくしてケビン・ゴルトンは友人の名誉回復のため、このような形で託された友人のやり残した意思を遂げるため、不義である教会への復讐のため、行動する覚悟を決めたのであった。

 

そして時は進み──巷で話題の怪盗の予告状が出された富豪の家の前にケビン・ゴルトンは居た。教会の不正の証拠を掴むため調査を進め、疑わしいと狙いをつけた家ではあるが、このタイミングを狙うのは少しでも侵入を容易にするため怪盗騒ぎに便乗しようという魂胆のものであった。

 

まさかこの後本当に噂の怪盗に会うことになるとも、その怪盗が噂通り吸血鬼であるとも知らず。ましてや無二の相棒となるともこの時は誰も知る由も無かった。

設定/人物

舞台:吸血鬼が存在し、また吸血鬼に対抗するために教会が力を持つようになった、パラレルワールドの19世紀英国。

 

吸血鬼:人の血(厳密には生物の生気)を喰らい悠久の時を生きる怪物。古くから生きる吸血鬼ほど制約(日の光や銀など)が多い代わりに強い力を持つ。死者を変容させる以外に子を為して血を繋ぐことも出来るらしい(が、詳しい事は不明)。

 

血の饗宴:始祖の吸血鬼が他の吸血鬼に自らの血を分け与えたり、人間の生き血を振舞ったりする、定例パーティ的なもの。始祖の吸血鬼から血を分け与えられる事で吸血鬼としての強さが増すとかなんとか。

 

教会:対吸血鬼のために特殊な私兵(彼らも聖職者のためこう表現して良いのかは不明だ)を擁しているらしい。人間の脅威となる吸血鬼への唯一の対抗手段を持つことにより組織として権力を持ち、社会的にも幅を利かせている。治外法権を持ち独立した──悪く言えば秘密主義的な──組織であり、詳細を知る人間は限りなく少ないだろう。

実体としては、只の傀儡であるお飾りの教皇を据え、枢機卿たちが権力を持ち中央を占める、腐敗した旧体然とした組織である。暗部では私兵の強化実験や吸血鬼の生態実験などのために多くの薬剤などが使われたり、拷問や諸々の隠蔽なども行われている。

 

怪盗:数年前から犯行予告が新聞に載ったりヤードが追っていたりと良くも悪くも巷を賑わす素性の知れない男。舞台かのように大仰で芝居がかった台詞を吐きながら街中でヤードと追いかけっこを"演じている"(無情にもヤードの手には負えていないためこう表現するより他ない)ことで有名。また、直接の関与は断定できないものの、犯行現場付近に居たうら若い女性の首に2つの小さい穴が開きいくらか血を失って倒れているという事件が複数発生していることから、吸血鬼ではないかと噂されてもいる。


出会い

扉を開けた先に男が一人。首から血を一筋垂らしてベッドに横たわる女性が一人。

この部屋は、と尋ねれば、この家の娘の部屋さ、と返答がある。

状況的にどう考えても目の前の男──派手な装いからして怪盗だと判断せざるを得ない──は吸血鬼としか考えられない。まさか、本当に”そう”だったとは、と内心驚きつつも、良からぬ閃きが走る。──”彼を味方には出来まいか”、と。

吸血鬼にとっては恐らく教会は好ましくない存在だと推測はできるため、もしかすれば人よりは吸血鬼の方が目的の近い場合もあり得る上、もし味方に出来ればその侵入と逃走の手際の良さは大いに役立つだろう、と思考が巡る。

しかし相対する男には好意的な雰囲気は無く、顔は仮面で隠されているものの、どこか冷ややかに感じる視線と共に、ハイエナの如き性根の悪い物取りではないかと詰問を受ける。

「物盗りだって!いや、罪状は不法侵入に窃盗だろうな…だが私は金品を掠めに来たんじゃない。この屋敷の主が関わった、不正の証拠を探している。」

「それでこのオレの舞台を利用したと?…品位も矜持も持たない賊とは違うと言うのは、まぁ信じよう。全ての視線をオレが集める恰好の機会だと言うのも当然だ。だがオレは気分が良い物では無いのだが。オレはどうすれば良いと思うかい?」

選択を誤れば命が危ないのではないかと思える冷え切った声色で尋ねられ、血の気が引く。

危機感から思わずサッと両手を挙げ、「待った」と主張する。

「君はただ人間を食い散らかす吸血鬼とは違うだろう、怪盗さん。私が調べているのは教会の不正だ。吸血鬼を殲滅せしめんとしている教会さ。知ってるだろう?少しでも聞く気があるなら殺すのはよしてくれ」

何故そう思う?と尋ねられた。重たく圧し掛かっていた空気がほんの僅かだが和らいだように感じる。

「君には矜持も品位もあるのだろう。それにそのご令嬢も見たところ息がある」

「だからキミも殺さないと?……まぁ良い、そこまで食い下がる程の理由と覚悟は持ち合わせているらしい。それで、不正を訴えてどうする?キミ個人が集めた証拠如きで権威が落ちるとでも?」

「もちろん、インパクトを与えるには相応の作戦が必要だ」

顔を青くする程にも関わらず交渉をしてこようとする姿勢は怪盗の興味を惹いていた。それも、話を最後まで聞いても構わないと思う程度には。

しかしながら、現在地は騒ぎの渦中、犯行現場である邸宅内のため、このまま聞き続けるわけにもいかない。

「…ともかく此処に長居は無用かつ不本意だ。着いて来られるのなら外でまたお会いしよう。少しなら待って差し上げなくもない。…まぁつまらなければ帰らせてもらうが」と、律儀な事に提案がなされた。

「着いてこられたら、だって?僕が物理的に通れるルートなんだろうな…」

「ああ、それは無理だ。場所だけ決めよう、…あの植物園は如何かな。キミは地べたを這いずって来たまえ、無論此処の人間にも捕まらずにね」

「ああ、それで構わないよ。植物園か、わかった。必ず君の元に辿り着いてみせよう。どのみち、今捕まるわけには行かないんだ。」

差し迫った死の危険の回避に希望が見え、内心少しほっとする。あわよくば、と仲間に引き入れる事を考えもしていたが、何よりこの場を切り抜ける事の方が重要な問題だった。

「良いだろう。…キミは変わってるな。少しだけ楽しみにしている」

邂逅直後の緊迫は何処へやら。僅かに笑みを浮かべて怪盗は去り、派手な逃走劇の音が聞こえ始める。

「さて とりあえず彼とは逆の方向から退散しよう…」

 

暫く後、件の植物園に辿り着く。一先ず呼吸を整えてからガラス温室に潜り込んだ。

あの白く目立つ姿を探して歩みを進めると、仰ぎ見た先で通路の上に架かる橋の欄干に腰掛けているのが目に入る。

目が合えば、「やぁ、遅かったね。待ち草臥れた」とそこそこの高さからいとも簡単に落下し、橋の下に綺麗に着地して見せた。

「当たり前だろう、私は人間だぞ」

「労る位した方が喜んでもらえたかな」

仮面の青い瞳が愉しげに細められる。

「何、君が衆目を引き付けてくれたのでね。」礼は良いよ、とうっすら笑ってこちらも煽り返す。

「成程、杞憂だったらしい。であれば寧ろオレが謝礼でも貰う側じゃないか。…まぁ、今回は話で対価に当てさせてもらおう。……さて。では、折角だから詳しく聞かせて頂こう。このオレを待たせた分も存分に楽しませてくれ給え」

人の悪い笑顔を浮かべる男に内心また少し怖さを感じたが、こちらもこちらで一言挟まなければ気が済まない性質のため、「ああ、もちろんだとも。物語のように語った方が良いかな?」などと続けた。

「おや、随分と語り口に自信がお有りの様だ。情緒たっぷりに語って同情でも誘ってくれるのかな、是非楽しみに聞かせてもらおう」

「ならば傾聴してくれたまえ。これまでに起きたことと、これから私がしたいことだ。まずは事の経緯を話させて貰おう。」

獄中死した友の事を、送られてきた封書の事を、滔々と目の前の男に話して聞かせた。そして協力を持ちかける。

「…キミの意思、キミの正義の所在は理解した。もし仮にその道理が叶うのであれば決して損では無い事も。だが少しフェアでは無いと思わないかな。さて…キミ自身が払える物も1つ約束してくれないか。何、約束だけでいい、前払いと言う事にしよう」

「私が払えるものか。カテゴリーで言えば命か財産ということになるが。…例えば、何がお望みかな?」

返答によっては恐ろしい事にもなりかねないと思い、緊張から慎重に発言する。

が、しかし、返答は不可解なことに、

「そんな物此方から願い下げだ。大体キミが所有する物なんてたかが知れているだろう?そうだな…いっそ無形の物が良い。例えば…うん、キミの時間を頂戴しよう!暇の相手をし給え。まぁオレの都合で勝手にキミの邪魔をする事になるが。フフ、どうかな」

といったものであった。

「時間だって?余程退屈と見える。…私の職業は客商売でね。来客の不利益を招く事と、著しい営業妨害にならない程度ならば差し出そう。具体的には生活費を稼ぐ最低限の時間は確保させてほしい。それでいかがかな、ミスター・オーバード?」

「それはもう。人間には分からない退屈だとも。ああ、当然だが別にキミを飢え死にさせたい訳では無い事は承知し給え。それともそこまで良識を欠いている様に見えていたのかい?」

「君は些か常識からは外れていると思うが…なに、約束事はきちんと範囲を決めておきたい性でね。後から揉めるのが嫌なだけさ。」

「仮に吸血鬼、或いは怪盗という存在自体が既に、と言う事ならば一応理解は示そう。」

「そういうことだ。なにぶん初対面だ、君自身の事はわからないな。」

「…成程、多少は賢明さも持ち合わせているのかな。しかしより慎重に熟慮して言葉は選ぶ様にし給え。怪物の機嫌を損ねて首を捥がれてからでは遅いだろう?」

「…何か気に障る事を言ったかな?私としては首をもぎ取る前に言葉で指摘してほしいものだが、考慮するとしよう。」

「…いや少し脅し過ぎた。すまない。キミに手を掛ける事は無いとは誓おう。だが是非そうしてくれ給え。……さて、共犯者…いや、義を為すなら相棒とでもお呼びしようか。答えはイエスだ。片手間にであれば助力して差し上げよう、感謝し給え」

「…ならば契約成立だな?力添えに感謝するよ。私はケビン・ゴルトン…よろしく、相棒くん」

握手をしようと手を差し出す。

怪盗は一瞬逡巡するが、

「…さて、ではオレの事は好きに呼ぶと良い。所詮はしがない幻影、名は御存知の通り。此方こそどうぞ宜しく」と芝居調子で答え、血の通わない冷たい手で握り返した。

「呼び名は追々考えるさ」

「呼称にあまり意味など無いからね、認識出来れば構わないよ」

「それはありがたい。当面、第三者のいる所で君と話すとも思えないしね」

「怪盗の矜持に掛けて約束は遺漏無く守ってやるのだから、キミもこのカードを裏切らない様精々善処すると良い。…ではまた。良い夜を」

挨拶を残すと、怪盗はするりと呆気なく立ち去った。

静かに月明りに照らされた見慣れぬ植物たちだけが視界に残される。

緊張の糸が途切れた途端にどっと疲れを感じ、思わず傍にあった柵に凭れ掛かり大きく息を吐いた。


来訪

あの嵐のような夜から数日。非日常を幾許か覗こうとも日常とはそう変わるものでもなく、ケビン・ゴルトンは普段と何ら変わることもない自らの事務所で、変わらず仕事に勤しんでいた。

事務所の営業時間ももう間もなくで終わる、と言った所で入口のベルが鳴る。今日はアポイントメントも無く、こんな時間の訪問者に心当たりも無い。僅かな疑問はあるが、客人であるならば用向きは伺う他に無い。”来訪者を招き入れる”ために扉を開ける──が、ふわりと室内に風が吹き込むばかりでそこに人影は無かった。

「中々良い事務所だ」

否、無かったはずだ。突然背後から声が聞こえ、思わず振り返れば、見慣れた日常の景色の只中に非日常が居た。

「!君は…」

間違う筈もない。来客用のソファに無遠慮に腰を掛けたのは、”あの”怪盗である。また、とは言っていたが本当に来るとは、と多少なりとも驚く。

「上がるなら一言あってもいいと思うがな私は…ここは応接間だ、急な訪問もある。寛ぐなら上にした方がいい。」

一先ず階段を指差す。

「おや、此れは失礼。邪魔をさせて頂いた。こんばんは相棒クン、キミの様子を見に来たんだ。このオレの事を忘れていやしないか、とね。…では遠慮無くそうさせて頂こう」

「そうそう忘れられる出来事では無いのでね。そちらこそ、興味を失ったのかと思っていたよ。ああ、念の為に施錠するから少し待ってくれ。」

ついでに外の灯りを消し、事務所を閉める。

「おや、そうか。鮮明に覚えて頂けて居るようで嬉しいよ。ただ、約束は違えないと、幾度かお伝えした筈だが?…まぁ良い、しかし施錠するなら此処でも良かったじゃないか、まぁキミには従うが」

怪盗はやれやれと態とらしく肩を竦めて見せた。

「明かりを点けてると、営業終了が読めない客も稀にいるのでね…それに、ここでは弁護士としての振る舞いになるからな。もっとも、これは私の個人的な心情の問題だが。」

とは言えど、仕事上の守秘義務の絡む資料や、調査で集めた資料については上階にまとめてあるという都合もあるため、心情を措いても話は2階でせざるを得なかった。

「フム、道理だ。仕事の片手間に相手をしてくれると謂う話だったのでね、個人として相対して頂けるとは思いも寄るまい?」

「あくまで私個人としての行動なのでね…元を正せば同じなのだろうが。君が弁護を要するなら、下で話を聞こうか。」

「其の下らない冗談は墓まで取って置き給え、オレより余程キミの方が弁護が必要になりそうな物だ。…さて、それでキミは大義こそ有れどあくまで私的な問題だと割り切って居る訳だ。それ故人間に助けを求めるでも無く無縁のオレを引き込んだと謂った所も有るのかな。…ああ、キミが懐を開いてくれた手前大変申し訳無いがこう見えて天下の大怪盗なのでね、素性や素顔については控えさせて頂くよ。別段不都合は無いだろう?」

「…ふむ、まあ一先ずいいだろう。連絡が取れれば便利だがリスクも大きそうだ。」

「なに、困らない程度には立ち寄って差し上げるとも。其れで手打ちだ」


閑話1

毎度ながら証拠を押さえに潜入した屋敷からの逃走中の事。お互い長々と減らず口を叩きながら逃げていたため追っ手が迫る。

弁護士はおっとしまったと少し慌てた。

一方、

「アンタが逃げおおせずとも骨くらいは拾いに戻ってやろう」

と怪盗は余裕綽々。

薄情め…とこぼした弁護士は「君の骨は日当たりの良い丘に埋めてやる」と言い捨てて路地へと向かって駆けて行く。

「フン、人間風情がオレ様よりも上手く逃げ果せる物ならばな」と笑いながら怪盗は屋根伝いに華麗に逃げる。

 

はてさて、人混みに紛れつつ必死に事務所へと帰って来た弁護士を出迎えたのは見知った嘲り笑いと優雅に脚を組み如何にも寛いだ様子の仮面の男。

「さては君、また窓から入ったな?」

「文句がお有りかな?若し有るのなら怪盗にも怪異にも対抗出来る施錠を考える事をお勧めするが?…有れば、だがね」

仮面越しにも判る、さも楽しげなしたり顔。

「入り口から入って貰いたいものだね。」

「元々お堅い事務所に正面から入るのは些か性格的に合わないものでな。」

「フーム、窓付近をペンキ塗りたてにしておこうか」

「全く、冗談とは言え呆れた…毎度其れでは無意味に目を惹くだろう馬鹿め。オレはアンタに新たに場所まで提供する気は無いぞ?」


善悪の所在、本質の在処

時折、己を吸血鬼と知っていながらも、こうも容易く油断して見せるこの目の前の男に、どうしようもなく腹が立つ事がある。

そのため、思わず口を付いて出たいつでも簡単に殺せるぞ、という脅しであったが、

「約束は違えないんだろう」

と敢え無く一蹴されるに過ぎなかった。

「それは無論だが、無遠慮に命を晒すな弱者。……オレの矜持でも試してるのか?」

珍しく不機嫌を隠す様子もなく、怪盗は聞き返す。

「別に試してる訳じゃない。…わかったわかった、忠告は受け取っておこう。」

正直に振舞いすぎたか、と思っているであろう事が彼の顔には浮かんでいた。

「矢張り致命的に馬鹿だろう。…何を隣に置いているか位努々忘れるな。少し不愉快だ」

「悪かった、気を付ける。君は世間で言われる吸血鬼像とはだいぶ離れているな。」

「其処らの低俗な殺人鬼と一緒にしないでくれ…と言いたい所だが生憎同じ生き物だ。残念ながら本質は所詮同じだよ。買い被られても困る」

怪盗は皮肉めいた顔で笑う。

「そういうものかな。」

「そういうものだよ。人間は本当に見掛けに弱いな」

弁護士は、本質の根拠を肉体のみにとるのもどこか違う気もするが──と思いつつも、議論に持ち込む事はやめた。

静かな時間だった。決して広くはない事務所の中、ティーカップから湧き上がる湯気だけが2人の間を揺蕩う。

「…僕達が視覚にかなり頼っているというのはそうだろうな。僕には君が年下に見えるし…」

「…まぁ歳上とも言っては無いが?」とおどけた怪盗は、

「所詮外面なんてそんな物さ。何も判りはしないよ」と静かに自嘲するように笑った。

「もう僕は"見た目に弱い人間"だし、その辺好きにするからな」

「フ、別にキミの好きにすれば良いさ」

──外面からは何も判りはしない、という言葉を彼は種族差として述べたのであろうが、目の前の男は自らで言うような”怪物”ではない、とケビン・ゴルトンは思う。

「…ああそうだ、きっと大切なのはそこじゃない…」

大切なものは思想だと、傾けたカップの合間からその思いだけを白い湯気と共にひっそりと吐き出した。──つもりであったが、

「…アンタは随分酷い頑固者らしい」

正確に意図を捕らえたらしい怪盗はしかめ面をした。

正しく伝えるつもりは無かったが…とは思うものの、「そうでなければ、僕はもっと吹き流しのような人生を送っていたさ」と返答する。

「だとしても理想や綺麗事だけで腹が膨れる訳じゃ無いだろう?…その精神は評価するが現実は所詮現実でしか無い」

「この現実を形作るのは──社会という意味じゃ、無数の意思のうねりだ。もちろん理想では食べていけないのは認める。だが、少なくとも僕には捨てることはできないな。」

「社会と謂う意味ならそうだろう。オレが言いたいのは可能と不可能の事実的な領分の話だ。…誰もが現実と理想の差を意思だけで埋められる訳じゃない。理想を抱いても永久に叶えられないならばいっそ持たない方が幸せな事だってあるさ。

──理想は、灯火だ。無論無くては人は前へは進めない…だが遠い光である程重く闇がのし掛かる物だよ。…だから、別にキミを否定したい訳じゃない…が、…いや、キミは理解出来ない方が良い。この話は止めにしよう。キミが"怪物"相手だろうとその意思こそを尊重したがっているのは…理解はしている心算だ」

語るうち、怪盗は苦い顔をした。

「(君にも、灯火があるのか、それとも──)

…なんにせよ、僕はこういう風にしか生きられないのさ。世間一般から見ればずれているのは知っている…理解が得られて何よりだ。」

「…理解と共感が異なる事は肝に命じて置け。オレには解らないがアンタの在り方自体は尊重すべき物だ。…客観的立場としての自らの視点を理解出来ているなら良い。嫌な訳では無いんだ、とは伝えておく」

「ああ、分かっているとも(、ついでにどうやら君は吸血鬼を好ましく思っていないらしいことも)。…そうか、不愉快でないなら喜ばしいことだ。」

「なら、良い。…流石に言葉が過ぎた、以後は弁えるから安心すると良い。…まぁキミとの仲じゃその内嫌でも慣れるかも知れないが」

「そう謝ることでも無い。僕はなかなか楽しんだ。…ふふ!諦めて早いところ慣れてしまいたまえ。」

「それはどうも。…全くキミと謂う男は…そう謂う所が不用意だと言っていたのに…ああ馬鹿らしい。随分と楽しそうで結構だが、せめてオレが対処出来る範囲で遊んでくれ給え、"坊や"」


閑話2

事務所にて。普段通りに依頼人の応対をしていると、2階から物音が聞こえる。

「花瓶でも倒れたかな?お構い無く」

とその場は誤魔化したが、すぐに様子だけを覗きに行けば案の定である。今は仮面もしていないが、此方を向いた煌めく青い瞳の持ち主こそ、”あの”怪盗に他ならない。

「なにしてるんだ君! 学生は学生らしく講義に出たまえ」

「何って、アンタの邪魔に決まっているだろう?それに今日の講義はもう終わりだ。つまり暇と言う事さ!…ところで砂糖が無いんだが」

怪盗──もとい、かっちりとフロックコートを着込んだ学生は脚を組み、ティーカップを弄ぶ。

「君の飲んでるそれも私の収入が形を変えたものなんだが?まったく…砂糖は今事務所にしかないよ。ミルクなら常備してあるが…ちょうど良い、暇なら茶葉の補填ついでに買ってきてくれ」

「別にオレの可愛い悪戯程度で堪える収入じゃ無いだろう?全く、と言いたいのはこちらの方だ、吸血鬼を使い走りとは。全く良い身分だな。」

「人の紅茶を飲んでおきながら仕事を妨害するなって話だよ。暇なんだろ君?キャンディでもあげるよ」

「…随分と安く見られたものだな」

明らかに微妙な顔で渋々差し出されたキャンディを受け取るが、

「…仕方が無い。こんな物で無くきちんと駄賃は弾めよ」

徐に立ち上がりシルクハットを被った男は、ひらひらと手を振りながら、そのまま自然な足取りで階段を降って行った。

余りにも堂々とした態度だった所為で一瞬遅れてから聞こえて来た、「客が来ているのに一階から出ていくやつがあるか!?」という叫びに、

「嫌だなぁ他に戸口なんてないじゃないですか”先生”」

とこの上ない程楽しげに”バイトの学生”を演じて男は返すのであった。


灰かぶり、或いは悪趣味たる夢

ケビン・ゴルトンは未だかつて無いほど苦い顔をしていた。

君は何故そんな格好なんだ、と対峙する相手と距離を取り、じりじりと後退する。

眼前には、長い髪を結い上げ、星が散りばめられたかのようなドレスの裾をふわりとはためかせる、美しい青薔薇の令嬢──もとい、目の前の弁護士よりも僅かながらも背の高い、女装した怪盗がにじり寄っていた。距離を置くのも当然と云うものである。

「別にオレも好きでこんな格好をしている訳じゃ無いが、招待状一枚ではパーティー会場には男女ペアでしか入れないからだとも文句が御有りかな親愛なる相棒クン…?」

自棄気味に捲し立てる怪盗は嫌がらせのように距離を詰め、笑顔で腕を絡ませた。

弁護士は残念ながらそんな都合はよく知っていた。何故なら此度の作戦の立案者は今頭を抱えている弁護士当人だからに他ならない。つい先程のぼやきも現実逃避から出たものだろうが、見事にそれを怪盗に拾われ当て擦りを受けた、といった所である。

──さて、そもそもこの怪盗という男は己がリスクを背負う場合、相手も道連れにして帳尻を合わせようとする男である。此度の情報収集のためのパーティー潜入における女装も不本意であり、不本意であるが故に相棒を揶揄う事で帳尻を合わせているという事は、一応は彼の名誉のためには補足しておかねばなるまい。

閑話休題、

「く…反証が思い付かん。言う割に乗り気じゃないか…」

今しなだれかかるな!と半歩下がりつつ弁護士は抗う。

それを嘲笑い、つい、と胸板に人差し指を滑らせる怪盗は、

「それはまぁ。愛しの相棒クンがこうも過剰な反応をしていれば、そんなもの楽しまずには居られないだろう?」

と至極当然のように告げる。

繊細で甘やかな香水の香りが鼻孔を掠め、いよいよ生理的な拒否感からぞわりと背筋に悪寒が伝った弁護士は「やめたまえ!!」と声を荒げた。

聞き慣れない必死な声色に怪盗は耐え切れず大笑いし、一頻り笑った後、

「嫌さ。此のオレに此処までさせたせめてもの報酬として此れ位は貰わなければ」

と宣う。

「まったく、趣味が悪いぞ」

憮然として返す弁護士に、

「そんな事今更気付くには遅過ぎないか?」

と怪盗は笑みを深めた。

「今日は特に悪趣味だ」

「それはどうも。お褒めに預り光栄だ」

「…それで?声はどう誤魔化すつもりだい…ああ今やらなくていいから」

話を聞かない怪盗は、

「ン"ン"ッ…声は多少は誤魔化せると思うんだけど、どうかしら?」

と態とらしい高い声を作ってみせた。

…これは、お世辞にも背丈と相まれば胡乱なものだと思わざるを得ない。分からない者も居るかもしれないが、不自然だと思う者も居るだろう、といった限りなく微妙な出来栄え。

つまり、残念ながらいまいちだという話である。

「まあ……あまり喋らない方が賢明だな」

君はこれから今暫くシャイな淑女になるってことだ、と提案する弁護士は、同時に己にもこいつは今女性…!と自己暗示を試みる。

結果など端から知れたものだったため、怪盗は僅かだが口元を歪めた。

「…流石のオレでも不得手位有る。その代わり話はキミに任せるんだ、シャイな淑女らしくピッタリ寄り添って居てやるのだから、今から慣れておくが良いさ」

拗ねたような顔は一瞬の事で、矢張り相変わらずすぐに相手を揶揄うにんまりとした笑顔に戻った。

明らかに嫌そうな顔をした弁護士は、

「15cm位空けてくれと言いたいところだね…。くっ…何故僕はもっと良い作戦を思い付けなかったんだ…?」

と抵抗を続ける。

「そんなに嫌そうな顔をされてもオレとて困るんだが。さっさと諦め給え。…オレとキミは今日はパートナーを演じなければならないんだぞ…他人ならいざ知らず、こう謂った物は女性の手を取ったり場合によっては腰を抱いてエスコートしてくれる物だ。…況してやオレはシャイでキミしか頼れない淑女なんだろう?」

趣味こそ悪いが全くの正論である指摘に弁護士は深い溜息を返す。珍しくどう足掻いても墓穴を掘っていたし、いい加減に腹を括る他無かった。

「…駄々を捏ねても仕方がないな…無事切り抜けられるといいが。君が歯の浮くような台詞を吐かないだけ良しとするよ。」

「フ、此れはサービス不足だったかな。とは言え安心し給え、流石のオレも男に此れ以上砂糖は吐いてやれないのでね。…全く、一番効率的に潜入出来る案である事だけはとうに認めているさ。とは言え、オレも幾ら美しくてこうもドレスすら似合ってしまうとは言え何かを失った気がするが、キミの態度で多分に釣りは来るので免じてはやるとも。…まぁ会場でそんな顔すれば許さないが今は精々思う存分嫌がって居給え」

「…潜入はうまくやるさ、ここまでしておいて上手くいかないんじゃあんまりだ…兎に角、入ってしまえばこっちのものだ。"人酔いして気分が悪くなった"君を介抱するとか言って会場から抜け出すなりするとしよう」

「ああ、手筈はその通りに。しかし会場でも聞き込むのかと思えば裏がメインか。暗躍なら多少は手伝えると思うが?」

「聞き込みも軽くやりたいが、普段人の出入りが無くて入りにくい屋敷だからね。教会との繋がりを押さえたいところだ。探索を頼めるか?」

「良いとも、存分に期待してくれ給え。書類位であれば見付けるのも難しくないだろうし、そもそも怪盗に盗み出せない物など無いさ」

漸く真面目な潜入の話に戻った二人(とは言え脱線させていたのは怪盗だけだが)は、いつも通りの事務所で、いつも通りに計画を固めていくのであった。


死と眠り、青の夜

ふと眠りから意識が浮上する。

見慣れぬ天井。暗い室内。視界の端に所狭しと物が並んでいるせいかやや圧迫感がある。

大量の宝石、書物、標本、絵画。衣装、装飾品、花にテディベア。銃に刃物、見慣れぬ武具。ありとあらゆる物が無秩序に詰め込まれた様子はまるで子供の玩具箱のようであり──全く心当たりの無い景色だが、不思議と部屋の主がわかる気がした。

「…ここは、」

声を発すれば思ったよりも細々とした声だった。

意識が明瞭としてくると共に、身じろいだ瞬間に走った痛みから先までにあった事を思い出す。調査の途中、性質の悪い吸血鬼に襲われて自分は深手を負い、意識を失った事を。その場面から時間が飛び、こんな場所で目を覚ましたと言う事は──

先に漏らした声が聞こえたのか、奥から靴音が近づき、聞き慣れた声がした。

「何だ、未だ生きていたのか」

思った通りの顔が視界に入るが、しかし彼は見た事も無いような表情で、さも安堵したかのように眉を下げて笑った。

「ああ、そうみたいだ…お陰さまでね」

「…追跡なんかは、恐らくされては無さそうだ。朝になったら医者に連れて行ってやる。だからもう少し此処で我慢してくれ。目の前で死なれたら寝覚めが悪いだろ」

体面──語り口だけは普段通りの皮肉の効いたものだったが、その声色は静かなものだった。

心配してくれているのだろう、と言う事は火を見るよりも明らかであり、重傷の弁護士は「それは違いない。」とばつが悪そうに笑う。

改めて辺りを見渡すが、暗くとも分かる程度には寝台に血が付着していた。

「血で汚してすまなかったな…お言葉に甘えて、朝まで休ませて貰うよ。」

「ああ、そうし給え相棒クン。それと汚した事は気にしなくて構わない。だが…フフ、眠り位は守ってやるのだし、後で謝礼でも要求させて頂こうか」

と少し調子を取り戻した揶揄が飛んできたため、こちらも思わずうっすらと笑みが浮かぶ。

「ではリクエストを考えておきたまえ。…ああ、猛烈に眠いよ」

泥のような眠気が瞼を重くする。寝台の脇に腰掛けたまま動く様子の無い彼を横目に再び意識を手放した。

 

一度意識を取り戻した彼がまた眠りについた事を見届ける。

先程まで、普段とはあまりにもかけ離れた静かな姿に、巻き付けた布地に滲む赤に、目を開けないのではと気が気では無かった。僅かでも会話出来た事で一先ずは安心出来た部分も大きいが、また眠ってしまうと再び不安に襲われた。

誰一人として招き入れた事も、ましてや位置や存在を気取らせる様な事も無かった唯一の砦──セーフハウスに他人を運び入れた事も、気に入りの衣装の白いマントを割いて止血帯に使った事も、些細な事でしか無かった。再び目の前で命が失われるのを見るのは──ましてやこの善良な相棒が”物”と化すなど──とても耐えられるものではなかった。

呼吸はきちんとしているか、傷は開いていないか、些細な変化も見逃さないよう見詰める事しか出来ないまま、戸口の小窓から仄明るい朝陽が差し込むまで時間の経過に気付く事さえ無かった。

 

──がさがさ、どすん、ばさり。

騒がしい音で目を覚まし、再び見慣れない天井と対面した。

恐る恐る上体を僅かばかり擡げるとやはりそれなりに痛みはあったが、音の正体を確認する事は出来た。あの普段余裕ぶって気障ったらしく振舞う男が、一生懸命に棚を端から端までひっくり返して何かを探している。片手には見るからに古そうな食品の瓶を抱え、もう片手で掴んだ缶の背の文字を確認しては投げ捨てる。

まるで玩具箱をひっくり返したような有様だな…と思いつつ、再び枕に凭れ、暫しぼんやりと音を聞いていたが、

「その瓶詰め、何年前のだい?」

と声を掛ける事にする。

こちらを振り返る顔は少し驚いたような表情をしており、声色もまた珍しく狼狽えたような調子で、

「……よ…4年…位…?……多分、恐らく…食べられる…筈……ああ、ホットワインなら多分大丈夫だ。要るか…?」

などと頓珍漢な答えを返した。

察するに、自分の朝食を探してくれていたようではあるが、あまりの光景にじわじわと笑いが込み上げてくる。

「ああ、頂くよ。瓶詰めの方は今は遠慮しよう…今胃腸までおかしくなったら大変だ、フフ」

冗談を言って笑っているまるで普段通りのような男を見た怪盗は、段々と心配し損なのではないかという気がすると共に多少落ち着きを取り戻す。

「……キミ、やっぱり人に心配を掛けるプロだろ…ハーーー……分かった。一寸待ってろ」

他方、弁護士は動いても動かなくても身体は痛む上、湿っぽくなるのも避けたいと思い、いつものように口を動かす。

「思い当たる節が無い…とは言わないが」

ホットワインを用意する様子を眺める。

「有るのか。…まぁでも端からお守りはオレの役目か…ハァ、ほら飲め」

背中に手が添えられ、上体を起こすのに助けられる。

「ありがとう。…ああ、染み渡る。これが血になってくれれば良いものを。」

折角出された物だが量はあまり飲めなかった。

「帰ったらステーキでも食べ給え。肉なら血になるし生還祝いとかで良いだろう」

「元気が出そうだ、そうすることにするよ」

 

立てば大いにふらつく彼を病院へ運ぶため担ぎ上げ、

「舌を噛みたく無ければ良い加減そのお喋りな口を閉じろよ馬鹿人間」

「わかったわかった、丁重に運んでくれたまえ」

などと軽口を叩き合い、口だけは相も変わらずよく回ると呆れながらも無事送り届けた、その後日。まだ完治とは行かないものの、仕事を再開出来るまでには回復した弁護士の事務所にて。

謝礼を要求する、などと言っていた割には全くそんな話を出す事は無い怪盗に直接聞いてみるも、事務所にソファーかベッドを買え、などと返される。

「全然君のほしいものじゃなさそうじゃないか!」

思わず弁護士が吠える。

「オレが使うから良いんだ!…と言うかそもそもオレが欲しがりそうな物をアンタが揃えられると思ってたのか…?!」

怪盗も軽口を蒸し返された所為か、自棄のように吠え返す。

「聞かないと分からないだろう、できる範囲で恩を返そうと思っただけだ!…ハァ、なら大きめのソファを買おう」

「抑もキミに恩なんて貸してない。只、オレがキミの生殺与奪を握っていただけだ」

これは嘘だ。死んでほしくなかったと言っているようなものだ。普段あれだけ躱すのが上手い男でも珍しく取り繕えていないのだという事は、あの時の様子を見ていれば流石に判る。

それでも、「だがそれで君は僕を生かした。礼は言っておくとも、相棒くん」とだけは伝えた。

怪盗は居心地が悪そうに眉をしかめ、「精々拾った命は大切に使えよ…二度は命までは助けてやらないからな」と返す。

「もちろん。だけどまだまだ助けてくれ」

「キミは~~ッ……本当に図々しい男だなぁ!ああもう勿論キミの為なら幾らでも盾になってやるさ!オレは約束は違えない。だとしても多少は懲りる事を覚えてくれアンタは…全く…ハァ…」

怪盗は諦めたように深い溜息をついた。